裏切ってよ
自分の倫理も、
僕への良心も
「貴方が先に言ったんでしょ。」
窓から入りこむ夕陽が揺らめく中、
遠い遠い喧騒と互いの吐息しか存在しない空間で。
―――――――――俺の腹に馬乗りになって
盛大に眉間に皺をよせ、いかにもつまらなそうに恭弥は言った。
あぁ、確かにそうだったかもしれない。
正面切って口には出せない、絶え続けるには重く、爆発性を孕む感情。
好きだ 好きだ 好きだ
破裂を防ぐために少しずつ、言葉や態度として吐き出していた。
同盟ファミリーの守護者を家庭教師している俺は、
そのファミリーが選んだ恭弥への気持ちに気づいた時、愕然とした。
神は人に試練を与えるという。
初めて人を殺した時、ボスになろうと決めた時。
それも試練だったとしたら。
これも俺へのそれなのだろう。
この子は駄目だと、俺は自分の気持ちに鍵をかけたのに。
だからこそ、俺は今まで耐えてきたと言うのに。
どうして今日、放課後の応接室の床に引き倒されてしまっているんだろう。
仕事帰り直行で来たのが悪かったのか?
それとも今日はスーツだから?
考えても、考えても後悔しても何も分からない。
床が硬いとか、冷たいとかそういうのは抜きにして、体が強張った。
嗚呼、でも冷たいよ恭弥。
ぽつり、ひとしずく。
なきたいのは俺のほうなのに。
そう思って恭弥をもう一度見上げてみた。
相変わらず眉間に皺をよせているだろう。
だけど、つまらなそうと言うのは俺の誤解だったようだ。
うつむき前髪で覆われた黒い瞳から、また一滴。
また一滴と、無言ながらに落ちてくる。
…恭弥、
そっと濡れた頬に触れようと伸ばした俺の手を、全身で床に縫い付けて。
腹の上で、とうとう叫んだ。
「裏切りなよ、ディーノ!」
僕を必要とする組織も裏切ればいい
駄目だという自分すら裏切ればいい
言いながら震える唇が俺の唇にぶつかった。
必死になった恭弥は、躍起になって俺のベルトのバックルに手をかける。
また見上げると、欲にギラついた目でも何でもない。
何かに怯えているだけだった。
赤く泣きはらした目で睨んで、体全体で乱暴に抱きついて、
みっともなく縋り付けない俺のために、恭弥はまた叫ぶんだ。
「裏切れ僕を!」
――――そして世界を。
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