あああ



屋上から見える景色や

飛び立てるかもしれない青空、

フェンス越しの　夕暮れの　彼方が

歪んで曲がって婉曲されて

異常なくらい　屈折して　そしてふわりと始まって

望まなければ与えてくれて、望んだら消えてしまうなんて。

『イツノヒカ』

この場所で出会えるのなら。

信じてしまってるんだよ。君は笑うかもしれないね。

僕の中のユートピアが、貴方なんて。




―　S e x y　s e x y　―




「ねぇ…　僕の部屋、来ない？」
放課後。夕暮れの屋上で、確かに僕はそう言った。
短く、歌いだしのように息を滑らせて。
「……へ？」
なのに眼の前の家庭教師は、目と口を開いて固まったまま。
いったい何を今更、僕の目の前の男は唖然としているんだろう。
“明日イタリアに帰る”と言われた僕の方が、その顔をするには相応しいはずなんだけど。
でも、その間抜け顔は遠慮しておくよ。
…それになんだ、今更。別にどうってことないじゃないか。
僕から言うのがそんなに珍しかった？　…違う、そんな顔じゃない。
まぁ、別に気にしないよ。もうこんなことしないし、する機会もなくなりそうだから。

（知ってる　君はこの辺の仮初で止まっていたかったんでしょ？）

視線だけを、斜め上に投げかける。
屋上から去ろうと、ローファーを響かせて三歩ほど歩くと、後ろから腕。
もう僕の右手は、冷たいドアノブに触れるというところだったのに。
君は左腕の手首に、指を一本一本絡みつかせる。
振り切れるはずもなく、君は僕を無理矢理に腕の中に引き込むんだ。
バカ、心音が一々一々耳障りなんだよ。
壊れたみたいにバクバクと加速する、感情。戦ってるときのような、ソレ。
それに、熱いってば熱いってば熱いってば！
君の胸板が熱い。それに縋る僕の手も、何もかも熱い。
（これも知ってる　うざったいモノは全部、僕のモノなんだ。）
いっそ、絞め殺してよ。
向き合ってその首に手を這わすと、君はそれを引き剥がして顔を耳に押し付ける。

“また夜にな”

突然の沈黙。なんて、反則。
妙にくすぐったいのは君の髪。声じゃない。
嗚呼、なんか凄いね。フェンスの向こう側は夕暮れだ。
僕の顔の横に君がいるっていうのに、視線すらかみ合わない。
一番近くにいるのにね。
どうして君の黄色はぼやけてしまうんだろう。
トクントクンと、互いの心音だけが鳴る。それじゃ何も通じない。
…君のことが　分からないよ。




部屋についた瞬間、ベッドに倒れこんでるというのは、果たしてどういうことだろう。
“スキダ”とか“アイシテル”とか、そんなに沢山言わないでよ。
行動とまるで矛盾しているじゃないか。
ぺったりとした笑顔の裏で、僕の手首をネクタイで縛ってるのは何処の誰？
サラサラとした布でも、ひっぱるとけっこう痛いって知ってるのかな。
じゃじゃ馬なところも好きっていうけど…　それをズタズタにするのがじゃないの。
でも、それでもいいかって思っちゃったんだ。
嫌なのにね。
まったく埒があかない。
僕の思考も君の気持ちも互いの関係も。
薬指のリングがはまったままではじまるこの時間も、全部不埒。
いったいどこまで戻ればいい。
君が僕に出会うまでかな。でもその手が僕の首筋をなぞるたびに思う。
きっと時間なんか何回戻しても、君と僕とは出会うんだって。
“縛られてる”から、振り払えないことなんだ。
君の大きい身体が、また僕を縛り付ける。
…それでも少し、戻りたいと思うんだよ。


熱い。
いつもそうシてる最中、頭はまったく機能しなくなる。
だからね、ネクタイの存在なんて忘れてあげれるんだよ。
ホントは縋りつきたいのに、思いっきり引っ掻いてやりたいのに。
僕の腕はベッドに縛られてるから、君は彼方。
どうして僕だけこんなに焦がれてるんだ。
暗闇の君はまるで、蜃気楼。
目の前にいるはずなのに、それを僕は追うのに、ホントは違う場所にいる。
イタリアなんか、分からないよ。
マフィアって、へなちょこな君にそんなのできるの。

―――――僕が一番じゃないんでしょ？

言おうとしたら君はキスでそれを奪い去る。
呼吸から何から全部全部、僕には何も残さないように浅ましく。
がっしりと僕の身体を縫い付けて、このときの君は最高に薫り高い。
上にいることも、まぁできるんだって思うよ。
だってその眼、凄く征服的な火が燃えてる。
その眼は捕食者。
「…恭弥、なんか今日やけに積極的。」


揺　ら　し　て　　揺　ら　し　て　　揺　ら　し　て　　揺　ら　し　て


ぜったい、言わないけどキモチイイイんだよ。
今は君を独占できると思えば。
君が僕を感じてるならば。
「万年発　情　期の君にはっ　分か　らないよ。」
これで君がまた僕のところへ戻ってくるならば、ね。
…ままならない呼吸で途切れ途切れな言葉は君に果たして届くだろうか。

君は僕の家庭教師。
屋上でもベッドでもどっちでもいいから、もういいからまた君と会いたいんだ。
今みたいにこうやって、僕を独占するふりをして僕に独占させて、欲しい。
熱を際限なく上げて欲しい。眼を見て欲しい。名前を呼んで欲しい。

欲　しい。

世界中の中で、君は誰かのものかもしれない。
でもここで、ここだけかもしれないけど君は僕のだ。
伸ばす指の指輪だって、ただの金属に戻る。
僕の上の獣は今、もう堪らなく＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿。
夜なんてまだまだ明けそうにない。


モラルって何。道徳って何。手段って何。
僕はどうしても欲しいんだ。
それに、何の許可と何の権利と何のリスクが必要なの。
ほら僕は今だって手に入れてる。
もっと熱が欲しい。
逆に全てが冴えてしまうくらいに衝撃が欲しい。
明日には、君はいなくなる。
そのことだけ、僕を蒼くさせる。
でも平気、まだ星は瞬く時間だから。
君が望むなら、僕はまだ乱れるつもり。
だって、だって、この時間が終われば君は僕に手を伸ばす事はない。
それに、どうせ君はもうもどってこない。
君が笑ってる。
シュルリとネクタイを解かれて、僕の指は君の指と絡み合う。
僕はグシャグシャに溶けてしまいそうなのに、君は夜をまとってどうしてそんなにキラキラと
その瞳に僕を写すの。

君と絡む指すら信じられない。
ほんとに君はここにいる？僕はちゃんと君を縛れてる？
君の態度はいつも僕を焦らすよ。
たとえば鎖骨に華を咲かしてる今みたいに。
結局、君は僕を傷つけるのが好きなんだ。
僕、のことをどう思ってるかなんてこと自体がバカらしい。
揺すられる身体。報われない心。どっちかなんて分からない。

焦　ら　し　て　　焦　ら　し　て　　焦　ら　し　て　　焦　ら　し　て　

もう終わるなら終わってしまえばいいのに。
ジリジリいかせて。
いかせて。

こんなふうにしか、君を愛せない。
いつまでも　きっと　ずっと　僕は愛せない。
この一線で　恋　をするんだ。
今みたいに抱きしめてくれる腕が好き。
だから君なしじゃ生きれないのに、君は僕だけじゃない。
ねぇ、こうやって抱き合って寝ることは君にとって意味はあるの。
貴方の伏せた睫が＿＿＿＿＿＿＿＿＿。

僕にとって、君はUTOPIA。
僕にとって君の意味は理想そのもの。
その金髪も何もかもが愛しい。を通り越して、欲しい。
でも僕にとってUTOPIAの意味は『どこにもない場所』。
蜃気楼に揺らめいて聳え立つ砂上の楼閣そのもの。
近づいてもつかめない。
踏み込んだら崩れてしまう。
そしてなにより、“どこにもない”。

だから、君がキラキラと異常な屈折を繰り返して、奇跡的な気まぐれで出会うのを待つしかないんだ。
情熱の熱で浮かされて、揺らめいて揺らめいて、蜃気楼が登ればいい。
君はまた僕を抱けばいい。偽りでも愛を囁けばいい。

また　揺　ら　し　て　揺　ら　し　て　揺　ら　し　て　揺　ら　せ　ば　いい。

そして隣で、僕は眠りたいんだ。
何度も、何度でも。だから揺らして　欲しい。

揺らして、欲しい。

キラキラかがやく金髪の獣は、僕の上で最上級に＿＿＿＿＿＿＿＿＿






S e x y　s e x y　…