雪の様に白い肌

血の様に赤い唇

黒檀の様な黒髪

どうしても、小鳥と謡う童話の中のお姫様と姿を重ねてしまう。




白雪姫




「なぁ、恭弥…。」
「何、じゃましないでよね。“飼い慣らして”るんだから。」

えー、只今、こちら応接室。
いつもは恭弥と一緒に座ってるソファーに俺が一人っきり。
恭弥といったら、窓に肘ついて外ばっか見てる。
俺に向けるのは背中ばっかり。
俺だって優しくさえずってるのに、見向きもしてくれない。
戦闘中の猟奇的な微笑みとは違う、自然と滲む笑みを一心に受けてさえずるもの。
恭弥のことを酷く気に入ってるらしい、コトリさんたち。
俺の白雪姫は、どうやら俺だけのものではないらしい。
今日のデザートだったらしい林檎を、恭弥は惜しげもなくコトリに与えていた。
そのコトリは食べながら時々校歌を歌い、キョーヤキョーヤと名前を呼ぶ。
ふわふわとした羽をばたつかせるのは、とてもかわいいと思う。
俺から恭弥を取らなければ、の話だけど。
最近ずっとこうだ。
あー、ちくしょー。後姿だけ見ても、そりゃ可愛いけど。風にふわふわと舞う柔らかな髪とかが。
…鳥に嫉妬する大人ってどーよ。あああぁぁ、らしくねーな。
でも、もう見てるだけってのも飽きたんだ。

「恭弥、俺も構ってく「うるさい、黙れ。」

瞬間、空を切る音。
目で判断っせず、後ろに身を引いて正解だった。
…音速の拳が飛んでました。
そして向けられる猟奇的な笑み。ったく、いつもと変わんねぇな。
でも少し窓辺で日に当たっていたせいか、ほんのりと色づいてる。
いつもとそこだけは違うか。ん?

「なぁ、トンファーは?」

返事の変わりか、無言のまま恭弥は自分の指を舐めた。
赤い舌が細く伸びた白い指の上をつぅと這ってゆく。
指の付け根から爪まで。目が離せなかった。

「僕も林檎食べてたんだけど。トンファー触ったらベタベタになるし。別に手加減したわけじゃないから。」

赤い舌に惑わされて、白い指に見せられて、黒い瞳に… ズタズタにされそう。
え、別に凹んだわけじゃない。手加減、してくれたんだろ?

「恭弥は優しいなぁー。愛してるぜ−。」

後ろからその小さい肩を抱きしめる。すっぽりと収まってしまう身体のラインが好きだ。
振り返りざまに見上げる鋭い上目使いが堪らなく愛しいんだ。

「…アレ、投げてあげたほうがよかった?」

柔らかい黒髪に頬擦りしていると、なにやら投げられた視線。
気になって見てみると、テーブルには小さく綺麗に切り分けられた林檎。

と、果物ナイフ。

不敵に吊り上げられた唇が、この時ばかりは美しい通り越して恐ろしかった。

「スミマセンデシタ、ゴメンナサイ。」

まぁ、腕は離さないけどな。こうしてればナイフに手は届かないし。


『キョーヤキョーヤ』


「あぁもう分かったから、ちょっとまってよ。もう、まだ食べる気?」

ほら、また自然に微笑むんだ。
ちくしょう、鳥め!!
そんなこと考えている隙に、恭弥はスルリと俺の腕から抜けていた。
手を伸ばした先のナイフ… ではなく林檎の乗った皿をもって、また戻ってくる。
腕の中に。

「なぁ、恭弥。俺にも頂戴。」

あぁーん、なんて待っていたら、喉の置くまで突っ込まれた。ぐへ。
しゃくしゃくと果物を食す音。
もちろん、恭弥も林檎を食べてる訳で。
応接間は甘酸っぱい林檎の香りでいっぱいになっていた。


『キョーヤキョーヤキョーヤ!』
「なぁ、恭弥ぁー。もいっこくれよー。」


「ディーノは勝手に食べてよ。あ、そんなに急がなくてもまだあるってば。」

だからどうして、その稀にしか見せない笑顔は、俺に向かないんだ。
おもむろに皿から林檎をひとつ取って。
振り向いてくれない腕の中の白雪姫をひっくり返して。
“何?”と言いかけて開いた唇の中にひとかけら押し込んで。
触れた唇が、もう堪らなく愛しいと思うのは俺だけなのかな。


「恭弥なんて毒林檎で眠っちゃえばいいんだ。」


嗚呼、向き合うように抱きついてるから、呆れた眼がよくみえるよ。
1羽のコトリがさも面白くなさそうに恭弥の肩にとまる。

『キョーヤキョーヤ』

だぁーから、そんなに戯れるなってば。
ふと、白雪姫が俺の頬に触れる。 …両手で、がっちりと。
そして向けられるのは、不敵な、笑み。


「僕がお姫様で、君が魔女ってわけ?」


頭突きでもされるんじゃないかってぐらい、ずずずぅと迫ってきた。
その指を俺の金髪に絡めて、こんどは耳元で囁かれる。

「じゃぁ王子は誰にしよう。放課後にいつも来る奴にしようか、僕に唯一勝ったやつにしようか?」

え゛っ!!?
ちょっとヤキモチやいてて全然そんなこと考えてませんでしたよ!?
途端に慌てだす俺をみて楽しそうにする。
よく顔に出るよ、と恭弥はよく言うけれどやっぱそうなのかもしれない。

「王子がいい!!恭弥の王子になる!!」
「本気になっちゃって、馬鹿じゃないの、もう?」

あぁ、やっと俺にも向けてくれたよ。そのふわりとした笑みを。
コトリさんも、見ていられなくなったらしくやっと恭弥の肩から降りてくれた。

『キョーヤキョーヤ』

もう呼んだって無駄だよ。
俺が呼ぶ“キョーヤ”ってので覚えたんだろ?
それくらい俺だって、恭弥にさえずってるんだぜ。
ゆっくりと首に腕が回される。あぁ、この笑い方は企んでる笑い方だ。

「ねぇ、ディーノ。毒林檎、僕食べちゃたんだけど。起こしてくれないわけ?」

許可ももらったし。
目の前に、美味しそうな人。
頂くしか、ないだろ?
こんな企みなら、とびこんだって悪くない。


嗚呼、白雪!