動かなくなった君を見つけた。
どうしてこんなに酷くしたんでしたっけ?
あぁ、君がその名を呼んだから。
そんなに酷くされたいんですか?
ならば貴方が望むままに。
 
 
 
 
  望むままに。
 
 
 
 
夜は終わらなくて、星屑が散る。

僕はいったい何をしたかったんだろう。
なんて事はない、ただ閉じ込めたかっただけ。
暗い、地上から一番遠い部屋で、君を縛ってしまっただけ。
この日の殆ど入らない部屋に光る星屑は、頬を伝った涙。
もう僕は奈落の底へと落ちてゆくしかない。
君に対しての僕の心はあまりにも歪だった。
傷つけたかった。その細い首の骨を砕いてしまいたかった。
それは僕を君に執着させる快楽となり、君を日常から攫う。
君を闇に引きずりこんだときに、もう劇場は幕をあけたのかもしれない。
だから落ちるときは、君と一緒に。



灰色の、人の忘れた崩れさる家。
僕にとっては逢瀬を重ねる“遊技場”。
誰も近づかないこの場所に、僕は本能と、生を貪りに行く。
死と生の狭間、二人手をとり夢の中、欲望のまま踊ればいい。
だから祝福のないこの扉を、僕は毎日のように開ける。
冷たい扉の先には有り余る熱があるから。

「ぁ… ぅ」

暗い部屋にあるのはスプリングベッド。
たったそれだけ。
僕の“お人形”はもう言葉を忘れてしまった。
だから別に文句なんて言わない。
ただ意味を成さないうわ言を繰り返すだけ。

「xxxx…。xxxx…。」

君は“意味のない”うわ言ばかり。
そんな名前ばかり呼ばないで、僕の名前を呼んでください。
でないと思わず声帯を掻き切ってしまいそうですから。
とりあえず、スプリングベッドの上で丸まっている背にキスを落とす。
酷いまでに優しく、その身体を仰向けにするとお人形は目を開いた。
何も写さない濁った瞳からは、至極透き通った雫。
堪らなくなって両手で顔を包み、目元にザラザラと舌を這わせた。
泣き濡れた目元には人の熱がある。
もし雪の結晶が君の身体に落ちたら、溶けて涙の雫の様になるだろう。
綺麗だから、絶対に殺しはしない。
ただ僕の中にある衝動でつい… ね。
壊してみたくなる。
身じろぎをする君には、優しさの拷問がいっとう似合うから。
別に君にもう意思なんて無いのだろうけれど。
いや… 本当は感覚、本能、肉体が僕を拒絶しているのかもしれない。
君が舌の感覚に眉をひそめる。
でもそれすら僕をただ煽るだけで。
向けられた抵抗をねじ伏せる。
そう、『泣かせている』という罰を、僕は毎晩演じる。
君が人形になった甘い記念日を思い出しながら…
純白のシーツに、地獄へ誘うように君を沈めた。



意識が消えるまで…
その瞳は決して揺らがなかった。
あの日、全てを諦めてそれでも抗った君は最後に―――――
僕の武器で自らを刺した。

君は僕と契約を結んだ。
手に入れたいなら入れればいい、と。
それでも意思は渡さない、と。
自分でその心臓に向けて、その錆びた切っ先を深々と埋め込んだ。
死を選んで流した血が床に染みを作った。
カランと音を立てて、杭は簡単に心臓から落ちる。
立ち尽くす僕の足元にまで広がっていく赤は、君が生きる痛みだった。


その後、僕は必死に君を治した。
でも君が目覚めたとき、もう君は何処にもいなかった。
操る以前の問題で、何もかも消されていた。
“イレモノ”だけ残して、何処へいったのか。
でも、それで良かった。
手に入れた、それが揺るがないのなら。

その日から、このグロテスクな空間に虚無の君は眠る。
無故の無垢な透明さ。
僕が独裁者たる空間に捧げられた、可哀想な君の抜け殻。
君は、体を放りだして僕の前から消えてしまった。


今日だって君はベッドで眠ってるだけ。
横たわる美しい薔薇色の造形美は崩さない。
散り際の花の様な弱い呼吸を繰り返す君。
気まぐれに刻んだ傷から香りたつ、血液。

「……ぁ、」

酸素を求め、君が薄い胸を上下させているころ。
浅い吐息しか音のない空間で。
殆どない部屋の隙間からの光が質を変えた。
月光は日光へと変わり始めたようだ。

優しい月は残酷な太陽に食われたらしい。
僕もそろそろ日常に帰らなくてはいけない。
夜が明ける。

「じゃあまた夜に。」
「……しに、たい。」

そう言っても、君はもう意味のある言葉を喋らない。
愛しい君の瞳は酷く濁りながら、苦しみだけを僕に訴える。
それでも。
君と僕を、重い扉だけが引き裂くように閉まっただけ。





劇と言うものはカーテンが開いて始まり、カーテンが閉じて終わるらしい。
日常の中で僕は劇場のカーテンを好きに支配していた。
でも君の事をいつでも考えてる。独裁者だから。
犬といる時だって、千種といる時だって。
例えば今みたいに椅子で三人向き合ってたとしても。
君が僕の世界。

「本当にどこ行ったんれしょーか。」

僕に尋ねてくる犬は本当に何も知らない。
だから僕が曖昧に答えても何も疑わない。

気づく筈がない。
六道輪廻を廻って手に入れた力、全てを使って隠しているんですから。

「早く見つかるといいれすね!」
「ん、何でですか、犬?」

とりあえず停戦していると言っても、犬はあまりあちらを認めていない。
その犬が椅子の上で膝をかかえ頭をうずめながらそんなことを言う。
何で、としか問えない。

「誰だってヒトリボッチは寂しいれす。」

その一言で、違う名前を呼ぶときの君の顔が過る。
君が選んだ唯一の人。
一つ、僕は途方もなく恐ろしい可能性を思い出した。
決して僕を呼ばない彼の選択肢。
ふと浮かぶ首を垂れた姿。
僕の異変に気付いたのか、ピンを直し初めた犬がどうしたのかと言う視線を投げてくる。
犬に言葉を返す余裕すら僕から消え失せていた。


夜になる前に僕は、遊技場に来ていた。
扉に手をかける前に僕は思う。
君は一度だって、意味の無いうわ言をなんて口にしたか。

「死んでますか?」

シーツに埋まっている人に投げかける質問じゃない。
それでも投げ出されている腕に縋った。
僕が作った傷が、僕が作った痣が、激しく僕を後悔させた。
かき抱くと、こんなにも彼は儚げなものだったのかと実感する。
僕よりもほっそりとした、しなやかな肢体。
白、というよりは青白い皮膚。
全てが僕に死を思わせた。

「雲雀、雲雀恭弥…。死んでいますか。」

それでも確かな返事が返ってきた。

「生きているよ。満足したかい?」

そこには確かにヒバリキョウヤが、存在した。
青白い体には、彼の魂が入っていた。

「…今までのは、演技ですか。」
「違う。壊れるのを待っていたんだよ。」

するりとシーツが落ちる。自らの意思で動かされる四肢は美しい。
動く身体に誘われるように、ベッドサイドに座った。
威圧感があるのに掠れている声が艶めかしい。
手を伸ばして、その身体をまた、ベッド沈めた。

「今日は呼ばないんですか。」

縫い付けた手首。
見上げてくるのは突き刺さる拒絶の視線。

「ディーノの名前?それとも山本?別に関係ないよ。 …君を煽るために言っただけだから。」

変わらない視線。
彼の言う言葉は、たぶん本当だろう。彼は嘘をつくのが苦手だから。
唇の端をあげて挑発的に言う、それに嘘は無かったんだろう。
圧し掛かって、首に手をかけた。

「…ねぇ、僕を殺すの?」
「そうです。君が望むから。」

ギシギシと、体重をかけていく。
細い首が好き。蒸気する肌の薄紅が好き。
苦しげに寄せる眉が好き。何よりも歪んだ表情が、愛しい。
見下ろした彼は、もう奈落へと堕ちていた。

「もっと、強… く絞めて。」



望むまま
共にいたいと捕らえたのに
望むまま
惑わされて僕は



喘ぐ舌が堪らなくて、僕はそのまま彼の骨を砕いた。
皮膚の下の白を砕いて、得たものは快楽じゃない。


虚無と絶望。