君は僕を接種する。

ドロドロな甘さは君を侵せばいい。




 
 
 
××× あまいためいき ×××
 
 
 




「はい。ココア。」

まっしろなマグカップに注がれたカカオマス。



君、死にそうな顔してる。
そう言って、ヒバリは僕の手を引っ張った。
絡まった指が何だかもどかしい。
そしてここは彼の領分、並盛中応接室。

「…僕、いつもブラックコーヒーなんですけど?」

縮こまってレザーのソファーに座っていると、彼も当然のように僕の隣に座った。
マグカップにはココアが二つ。
そもそも彼もコーヒーはブラックではなかったのか。
それなのに彼のマグカップの中身もココア。
それはあまり、彼に似合うものじゃない。

「君ってさ、こういうの飲んだことないでしょ?」
「ないですけど…。」

そう言った瞳は鋭いのに、眼差しは優しいところが彼の魅力だと僕は思う。
ほら、例えば今みたいに。この人の“差”が堪らない。
造形美に思わず溢れる長い長い、ため息。
そしてため息のぶん、肺に取り込んだ空気。

窓を開けてないから部屋の中がココアだらけだ。
緩く緩ぅく、段々と肺から僕を蝕んでゆく。
僕の胸が上下するたび、心臓なのか心なのか分からないものを支配する。

あまい束縛。

もう侵さないで。
僕の心または心臓はヒバリで埋まってるんだから。
それにヒバリはココアと形容する気にはなれない。
まるで似て非なるもの。
このしつこいまでの甘さは彼と違う。

ゴトリ。
湯気が充満した空気に、マグカップが机に置かれた音が響く。
それは鈍器の音。

「君はココアだと、僕は思うんだ。普通の子供だったら、きっとね。」

蝕んでくる。甘いカカオマス。
両手でつつみこまれたマグカップの中身。
君は、君の体内に注がれるモノを僕だと言うのか。
そう考えたとたん、僕の隣の君は艶やかに写る。
僕がまっとうな子供時代を過ごしたら、ココアだろうなんて。
飲み干した君から、そんな甘いため息をもらさせる飲み物。
吐息さえも甘く蕩けさせるしつこさ。
精神的レベルからドロドロに溶かして、壊して痺れさせて惑わせる、甘さ。

きっと今の僕こそココア。
厄介なまでに君に落ちて、君を落とそうと必死な僕こそ―――

ココア。



「ヒバリ、甘い男は嫌ですか?」






喉を通って君を蝕むのもあながち悪くない。