「嫌いだよ。」
「何が?」
「君が。」
文化祭には雨を
僕はソファーに座る、君は後ろで立って喋る。
高さも違うから噛み合わない、向きも違うから噛み合わない。
でも嗚呼、やっぱり君もそう口にするのか。
それが僕の簡潔な感想と、当然の失望。
「やっぱ楽しもうぜ。だってヒバリ、明日が最後の文化祭だろ?」
文化祭なんて出たことはない。
もちろん今年も出るつもりはない。
あんな面倒且つ決まりきったシナリオ、誰が好き好んで。
だけど、それに対する山本の返事がこれ。
僕の返す返事は決まりきってる。
「僕には関係ないよ。それに人ばっかりじゃない。面倒。」
何回口にした言葉なんだろう。
息を吐くように音になる。皆そんなことばかり言うから。
準備期間は異常に盛り上がって、意見の相違や倦怠期もシナリオに盛り込まれている。
馬鹿みたい。外側からそれを見てると滑稽な様がよく分かるのに。
“みんな頑張って乗りきった”なんて目の前の後輩は本気で思ってるのだろう。
わざわざ応接室で捕まえて僕にこんな事を言いに来る。
人と群れるのが嫌いな僕が、どうすれば楽しめると言うんだ。
準備、当日。労働するにもアルバイトをした方が格段に稼げる。
決められたシナリオをなぞって得る結束が僕は嫌いだ。
自ら苦難を背負う、僕に十字架を背負う趣味はない。
だから僕は何も言わない。
ただ、やっぱり君も同じなんだと思った。
嗚呼、カーテンで閉められている窓が見えるよ。
それは出口の無いぐちゃぐちゃな思考の、模範的な袋小路。
後ろから山本の声が降ってきた。
「なぁヒバリ、お前ちゃんと楽しんだことあるのか?」
「…何が言いたいの。僕は好きじゃないって言ってるだけなんだけど。」
「ま、人それぞれだよな!」
純然たる思考に教育という手を加えて、当然を語る神であるような。
教師は嫌いだ。
当然を擦り込まれたと知らず自己暗示し、集団という楽園に逃げる。
生徒も嫌いだ。
でも、目の前の“山本武”は嫌いじゃない。
あっけらかんとする彼の言葉は僕が望んだものだから。
ふぅ… 細長くため息を吐き出してから、僕はソファーの背もたれを向く。
四角い応接室の中で、唯一僕を破壊できる人と二人。
ほら、見上げれば視線は簡単に絡み合った。
後は僕が、言いたいように言いたいことを言えばいい。
残酷なくらい優しく、君が壊してくれるから。
「…君は僕に押し付けた事がないね。」
「ん?」
「行事は皆当然楽しいものだっていう価値観が僕は一番嫌いなんだよ。」
「俺は楽しいけどな。」
「それは君だからでしょ。周りに人は集まるし、暇にはならないから。」
「そっか。じゃあ文化祭の日、俺も屋上に行っていい?」
「クラスの方行って。邪魔。」
「ズルいのなヒバリ。俺だってヒバリと同じ場所で楽しみたい。」
「退屈なだけだよ。」
「俺だって退屈してみたい。」
「じゃあな!」
そう言って笑顔のまま彼は応接室を出ていった。
約束だけを僕に放り投げて、それは時限爆弾のように僕の中で時を刻む。
開け放たれたドア。
不意に頬をくすぐる風を感じた。
窓に目を向けるとカーテンがそよいでいる。
真っ白いレースがふわふわと濃い灰色をバックに舞う。
空がやけに重苦しく生き苦しい今日は曇り。
約束なんて早く爆発してしまえ。
面白い、明日は雨が降ればいい。
君が店番や役員での仕事が減るだろう。
そして僕は屋上にいられなくなるから。
仕方ない、そしたら君の我が侭に付き合ってあげる。
校舎の中くらいなら、文化祭を楽しんであげなくもないよ。
雨よ降れ!
そう願をかけて、僕はその窓を開けたまま応接室に鍵をかけた。
(そう明日、僕は君といることを確信してる)
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