手も加えないし柔らかくもないけど
パキンとなるぐらいのストレートがいい
大胆な板チョコレート
昼休みの応接室には、人が二人いる事が多い。
その中の一人は昼休み前からソファーで昼寝を楽しんでいる。
そしてもう一人は昼休みが始まるとすぐに現れる。
乱暴にドアが開けられたらそれが合図。
「あれ、今日も寝てたのか?」
「暇だったからね。」
そういって山本はソファーを上から覗き込む。
まだ瞼を閉じたままの雲雀。
何のこともない事なのだが、雲雀が誰かの接近を許している事は奇跡に近い。
その奇跡を山本という男はいとも簡単に起こしてしまう。
しかも何度も、だ。
ソファーに寄りかかって雲雀を見下ろしているが、雲雀は起きる気がないらしい。
腕を組んで眠ったまま。
もちろん瞼を閉じているだけだろうけど。
山本はその様子をみながら何かを取り出すと、黙々と食べ始めた。
パキン パキン
会話のない二人の空間に、チョコレートの割れる音。
「何?」
「板チョコ。ん。」
体は起こさず目線だけをよこす雲雀に、目を細めた笑顔で答える山本。
山本は雲雀のそういう態度を別に気にしてはいない。
だからカレンダーをおもむろに指差した。今日の日付は二月の十四日。
雲雀の顔が歪むのと同時に、山本の笑みは深くなった。
それでも気にせず、山本はミルクチョコレートを口に運ぶ。
「寝るから。勝手に帰って。」
一つ大きな欠伸。本当に眠たそうだ。
目じりに涙をためていること気づいたのか、手の甲で拭う仕草。
それを猫みたいだと言ったらどうなるか知っているので、山本は言わない。
だから言わない分だけ、雲雀の眠るソファーへ覆い被さった。
昼の日に当てられたキスは夜のキスより罪悪感が伴ってゾクゾクする。
山本はそれも知っている。
知っていてチョコの欠片を口移した。
「は…ぁ、ん、何。」
「だから板チョコ。」
きっと雲雀はキスの事を聞いているんだろう。
それを知ってるのに、山本は答えない。
互いの貪る行為にただ夢中になっていくだけ。
笑みによって普段は細められている山本の瞳には眼光が宿り。
普段の鋭い雲雀の瞳は薄く閉じられて浮かされているよう。
覆いかぶさる山本と押し倒された雲雀。
捕らえる大きな手のひらと捕まる細い手首。
触れ合う皮膚のその温さ。口のなかの粘膜はこんなにも熱く感じるのに。
手で持っていてもチョコは解ける。
でも口に入れたら、それは瞬間的に解ける。
触れ合う手の熱じゃ物足りないのはお互い様。
「ヒバリ…。」
ネクタイにそっと手をかける。
首元を弄る手が喉に掠るたびに身じろぎする雲雀を目で楽しみながら。
それでも覆いかぶさるほうも浮かされ始めているようで。
ネクタイやシャツのボタンと格闘する山本の仕草も、段々と野性味を帯びてくる。
ゾクゾクする。背筋を通り抜けるような高揚感。
口に残っていた甘さなんて、もう遥か遠くへ行ってしまったような。
吐息が絡まるなんて表現も今なら二人とも肯定せざるを得ない。
雲雀の手が山本のシャツを引っ張る。
下で息を乱し始めていた割には、まだ力が入っているほうだろう。
少しばかり熱のある目で山本が返事をすれば、悪戯な答えが返ってきた。
「時間切れだよ。」
声と同時に、昼休み終了のチャイムがなる。
少し決まりが悪そうな、賭けに負けたような表情の山本。
さっきまでの顔はどこにいったんだろう。
雲雀も雲雀だ。あんなに艶やかだったのに。
いまはあの禁欲的な表情に戻り、ネクタイを締めなおしている。
もちろんチャイムと同時に山本はどかされた。
二月十四日は足早に過ぎ去ってゆく。
(二人で過ごす時間はいつだって足早で駆けてゆく)
もう、次の授業が始まる。
にっこりとした“いつもの”山本は、来たときと同じように勢いよくドアを開けた。
まだソファーの上にいる雲雀に台詞を残して。
「続きはホワイトデーに貰うな!」
(今日、彼がくれたもの。チョコの欠片。以上。)
唇を舐めてみた。
もう、何の甘さも残っていなかった。
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