「暖かくなってきたなぁ、元就!」 「…何が楽しくて貴様と花見なぞしなければならんのだ。」
もうこんな時期なのだな。 自室の縁側で柔らかな日に照らされて思い出した。 ふわり、香る沈丁花が季節を鮮明にする。
春よ、
「冬の間は戦、戦、だったからな。おちおち遊んでもいられなかった。」 「ふん、死に物狂いだった奴がよく言う。」 「厳しいなぁ…。」
まっ、冬なら作物も荒らされないしな。 豪快に笑う男はどっかりと胡坐をかいている。 左隣にだけ、日光とは違う温もりを感じた。 冬、どれだけ春を待っただろう。 戦の世、どれだけ平和を望んだだろう。 …どれだけ体温を欲したか。 この男には、分かるまい。 目で追い続ける必要はもう、ない。 何気なく凭れ掛かることができるこの幸せ。
「ん、飲むか?」 「…今日だけは貰ってやる。」
差し出された、酒で満たされた漆の皿。 蒔絵の桜は一段と美しかった。 飲みなれない酒は喉を焦がしていく。 舌に酸いも甘いもとろりと教えていく。 焦がれるように体が熱くなる。 それは隣の男の接吻に酷く似ていた。 皿を付き返すと、男はぼんやり庭を眺めていた。 芽吹き始めた木々たちが眩しい。 元親、そう名を呼ぶとそのままで小さく呟いた。
「元就…、一緒にいてくれてありがとな。」
照れくさそうにはにかんだ顔が愛おしい。 それは冬の話。 寒く、冷たい、独りの季節の話。
「礼には及ばぬ。」 「俺が言いたいんだって!」
ぶっきらぼうに返す代わり、そのまま横の膝に崩れてやった。 喜んで髪を撫でる、その大きい手のひらが愛おしい。 この温もりの為なら、幾度でも戦える。
「慕っておるぞ、元親よ。」 「っお、おう!!」
ちらり、見上げると真っ赤な顔。 その照れた素の顔が本当に愛おしい。 北風とは違う風がふわり、駆けてゆく。 千両の雪は、薄桃をたたえて空の青に、ふわりふわりと。 二人、見つめていた。
春、爛漫
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