『お前ってさ、太陽っていうより月だよな。』 『…我は日輪の方が好きだぞ、元親。』 『いや… 元就、そういうんじゃなくてな…』 『ん?』 『ほら、似てるって言えばいいのか?』
月に哭く
そんなことを閨で語らったのはいつだったか。 細っこい折れてしまいそうな華奢な身体。 月光を受けた白い肌。 いつも俺の襦袢を勝手に羽織って…。 裸の俺にしっとりと抱きしめられて、子供のように眠る。 安心しきったその表情を、誰が氷と呼ぶのだろうか。 この時は、ただ花の顔が、俺の為にすやすやと綻んでいたのに。
それでも、此れが倖せだった事は事実。 互いに思いあった事も事実。 せつなの淡いうたかただったのも―――― 事実。
何故だろうか… これは半年くらい前の話。 そして、彼の阿修羅を初めて見たのが三月くらい前の話。 その光の威圧感がある輪刀を、鮮血を上薬に用いて黒色に染めあげる。 海の向こうの装束に身を包み、瀬戸の潮騒を囃子に舞うのは、氷の阿修羅。 誰にも踏み込めない、踏み込んだら殺める意思に満ちた領域がそこにはあった。 …初めて見た、敵としてだ。
どうしてだ、と言おうとしたのを察知してか。 彼は最後に「約束など交してない」と、俺の前を、去った。 そっと、聞こえるくらいの声で。
そして、彼とはまた明日、刃を交える。
陣から空を仰ぐ。 折しも満月だった。 呼んでもいいだろうか。 墨の夜に爛漫と照る、月を。
「元就…」
いつも日輪を彼は愛した。 きっと今もそれは変わらないだろう。 すべてを照らし、暖をもたらす。 それでいて業火を宿した普遍的な戦の象徴。 彼にとって憧れ… だったのかもしれない、すがっていたのかもしれない。 しかし月なのだ。 毎日揺らぎ、たゆたい、惑い、悩み。 時に純潔な彼は。 寂しそうに空から照らす。 しんしんと降り注ぐ、月光。
「どうしてだよ…」
三月も、寂しくはなかっただろうか。 女のような花車者なんだ、身体は壊さなかっただろうか。 人気のない陣。 しんしんと降り注ぐ月光が、今日だけは妙に眩しげで、寂しげで…
何処に行けば出会えるだろう?
海辺の砂の上、鮮やかな月光を浴びた海を見に。 何て理由は勿論後付け。 無性に此処へ来たかったから来た。 月に、誘われるままに。 そして砂浜にぽつりと佇む小さな人影を見つける。
「…元就?」 「長曽我部…。」
嗚呼、もうその薄い唇とは呼び捨てあえないのか。 戦の時の装束で、彼は砂浜に座りこんでいる。 瀬戸の海に、月を受けるその白い足を投げ出して。
「元就、…俺」 「お前は我を討ちに来ればよい、我がお前を斬るのだから。」
潮に足を浸して、消して視線は向けてくれない。 その付せられた睫毛に香る色は、月のせいか。 色素が薄い髪が輝くのは月の加護か。 低く落ち着いた声が微かに震えるのは、氷の眼が水を湛えるのは…
月の狂気か。
躊躇わず、阿修羅の領域を侵した。 顎に指を添え乱暴に上を向かせ、窒息させるように口付けを交わす。 満月が訴えるから、息なんて出来ないようにただ激しさを求めた。 見開かれた瞳から雫が伝う様は、何と煽情的か。 座ったままだった華奢な身体を砂浜に押し倒して。 久方ぶりに抱く肩。なぞる首筋。撫でる肌。 月光は俺を誘う。
「元就… 俺は天下を取る。お前も俺のものにする。」
組み敷かれた知将は薄く笑っていた。 暴かれる肌が、白くおぼろ気な線を示す。
「無謀なことを…」
くすくすと愉快しそうに笑う。 盛りのついた狼が組み敷いたのは、月。 砂に広がる茶色の髪には触れられても、本心はまるで捕らえられない。 眷族に過ぎない狼は、ただ月に愛を鳴く。
「我は決して屈しはしない。貴様が天下を取るならば、…我を愛せぬな。」
月ごと、喰えばいい。 細い手首をまとめて縫いつけ、胸元に花を散らす。 快楽でも何でもいい、落としてしまえばいい。 杞憂でなんか済ませない。 月だって、天から堕としてやる…。
狼はその肢体に牙を剥いた。
「…お前は俺のものなんだよ。」
月光 その孤独さが ばら蒔く 愛情を !
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