畳に寝転んで、ゴロゴロと退屈を持て余している。

…足やら何やら色々見えてるのを本人は知ってるのか否か。

嗚呼、こういうふうな動物を見たことがある。

でも確かそれは人間じゃなかった。それだけは確かだ。

にゃーと鳴くかわりに、目の前の猫は甘い声で名前を呼ぶ。



「万斎ー、万斎ー、万斎ー。」

「なんで御座るか。」

「暑い。」




タライとホース


「で、拙者にどうしろと。」

「…暑ィ、どうにかしろ。」



暑いと言いながら背中に引っ付くのはどういう事か。

首や頬の肌が擦れあう。

嬉しいから離れろと言えない此方の身にもなってほしい。

しかも確実に俺の服の方が熱い。

着流し一枚というわけではないのだから。

…さて、我が侭猫はどうしたものか。



「水浴び。」

「晋助?」

「…水浴びしてぇ。」



したい事が先に決まってるなら最初から言えばいいものを。

座りこんだ俺の背中に覆い被さったまま、晋助は悪戯っぽく告げた。



「んで万斎、シよ。風呂で。」

「…晋助、昼間から盛るな。」

「チッ。」



だいたいこんな事だろうと予想は出来た。

まったく、ムシャクシャしたりイライラすりとすぐコレだ。

だからって夏の暑さぐらいでイライラしないでもらいたい。

猫は舌打ちするとするりと俺から離れる。

気まぐれなところもまるで猫。

別に水浴びすること自体を断ったわけではないのに。



「水浴びだけならするで御座るよ。」

「…仕方ねぇな。」



立ち去る腕をつかんで言うと、満更でもなさそうな表情。

じっと見つめると勢いよく顔をそらして、晋助は船の甲板の方へ行ってしまった。

…これはついてこいと言う事。

放っておくと機嫌を損ねるのは目に見えている。

畳から起きて消えた影を追った。



「…晋助、これは」

「タライ。」



そう言われてしまえばそれまでなのだが。

何故、晋助が水を張ったタライの中に胡座で居座ってるのか。

唖然としていると、バシャバシャと水の音。

着物が肌に張り付いて色っぽい。青空、太陽の下。

ただ一つだけが不釣り合いだった。



「似蔵ーっ!スイカ持ってこーい!」



みんな呼んじまえ的な晋助は酷くご機嫌。

遠くを見つめていると、ふと日光が眩しいことに気づく。

目が合った、にやりとした企み顔。

晋助にサングラスとヘッドホンを取られていた。



「晋助…」

「ん。」



代わりに手渡されたのはチョロチョロと水の出ている青いビニールホース。

持ったまま、また唖然としていると晋助にタライで水をかけられた。

まったく容赦ない。

せっかくセットした髪も水で無駄になってしまった。

濡れたら不味いヘッドホンを救ってくれただけ感謝するべきか。

甲板に濡れ鼠が二匹。

髪を書き上げていると不意に下から覗き込む視線。

その表情は企むでもなく純粋な驚きを写していた。



「どうしたので御座るか?」

「テメェ…、艶っぽいな。」



あんま明るいところじゃ見たことなかったと、晋助は言葉を濁した。

あぁ素顔のことかと納得するころには、顔に血が集まるのが自分で分かった。

サングラスもヘッドホンも外す、風呂もすませた後の薄暗い場所。

薄明かりのなか二人見つめあう空間、これ以上言うのは野暮だろう。



「晋助、拙者の顔は嫌いか?」

「嫌いなら抱かせるかよ。」

「なら好きか?」

「…今日はやけに意地が悪ィな万斎。」



晋助の白く細い指が俺の唇にとん… と置かれた。

下からはクスクスと愉快そうな瞳。

仕草は少し黙れと言うようだった。



「俺ァ、あんま口に出すのは得意じゃねぇ。分かるだろ? ……。」



置かれたままの人差し指。

疑問刑のあとに続く沈黙。

俺が何か告げようと思った時、晋助の唇が形を変えた。



「     。」



音に成らぬ一つ一つ唇の形として伝わる言葉。

『あ』から始まり『る』で終わる五文字の伝言。



「晋助っ!!やはりお主は可愛いで御座るよ!」

「誰も愛してるなんて言ってねェ!テメェは雨蛙で充分だ!」



濡れた身体に濡れた身体で抱きつくと、ホースの応酬を受けた。

元々濡れているのだ、離れてやる義理などない。



「いとおしい、で御座る。」



外気の暑さ水の冷たさ身体の熱さの全て。

もう少しこのままでいたい、そう思って抱きしめる身体をもっと引き寄せる。

馬鹿、思ったこと全部口に出すな。そう言われて言葉が漏れていたことを知った。

背中に回された腕の力が強くなると同時に足元からガンッと金属音。

それは晋助が邪魔そうにタライに蹴りを入れた音だった。



「似蔵、これは見てるしかないッス。」

「さぁスイカどうしましょうかねぇ…。」