「強いから美しい」



絨毯が敷き詰められた廊下を並んで歩く。
窓から射す木漏れ日が降り注いでナターリアの銀髪を艶やかに照らし、花瓶に活けられた花が立ち止まって談笑する少女達を一層華やかにした。
この会場に来る間に花束をもらったが、萎れてしまってはと飾ってもらって正解だったようだ。
どんな花でも世界中探せば、一年中咲き誇っている。
あまり人が通らない、静かな廊下の先にあるラウンジには競って咲く白い百合と黄色い向日葵。
壁に寄り掛かった二人は花から花へ、ふらふら指先をさまよわせ手持無沙汰に弄ぶ。
鈴を転がすように笑うリヒテンにつられて、気づくとナターリアも微笑み、最後には二人とも笑っている。
だから休憩時間、いつの間にかお互いがお互いを誘うようになった。

「分かってはいるのですが…　国際会議は少し、つかれますね」
「生々しい話が多いからな」
「平和であっても、問題がない時なんて無いでしょう？」

落ちついたトーンの壁に凭れかかって、青のリボンを直しつつリヒテンが小さくため息をつく。
ナターリアは顔にかかる髪をうっとうしそうに耳にかけながら、聞き役に回っていた。
何も知らなそうなリヒテンの薄い唇は、甘いも、実はけっこう多くの酸っぱいも知っている。
だから平気で紡ぐ、似合わない割り切った事を。
何かあったらナターリアがトカレフを引っ掴んでいたように、リヒテンだってその辺のライフルを引っ掴むくらいはする。
強いか弱いかは、関係ない。
ただ、この可憐な外見の少女はそういう一つの国だ。
ナターリアにはそれが興味深く、リヒテンのしたたかな言葉に笑みを含めて答えた。

「お前は…　綺麗なモノだけで出来ていそうなくせに、よく言う」
「砂糖とスパイス、素敵な何か。ナターリアさんも、どうぞ召し上がりませ」

そう言って一輪、あーんと差し出されたのは大輪の花たちに埋もれていた小さな姫百合。
朱色の花を前に、ナターリアは死ぬほど困った顔で窓の外を見つめていた。
しばらく極彩色の姫百合と睨み合ってから仕方ないと覚悟を決めて恐る恐る唇を開くと、リヒテンがそっとナターリアのルージュをひいた唇に柔らかい花を乗せる。
戸惑いがちにゆっくり食む。
かりり、わずかに歯をたてる。
耳に掛けられた銀髪がはらりと落ちた。
甘みなんて何も感じない。
ただ息をする度、強い香りにくらっとする。

「…にがい、」
「あら、てっきり蓮華みたいに甘いのかと私…」
「嘘つけ。知ってて口に入れただろ絶対」

苦々しい顔をするナターリアに対して悪びれた様子もなく、さらっと言われてしまえばそれ以上追及する事も出来ない。
相変わらず毒気の無い笑みを浮かべているリヒテンを、知らないならそんな顔するかと思いながら、ナターリアはため息まじりに見つめ返した。
その先のリヒテンの目は、何故だか真っ直ぐナターリアを捉えて逸らさない。
正しくは、グロテスクな程に咲き誇る花を。

「だって、ナターリアさんに百合が咲いているのが見たかったものですから」
「……リヒテンの方が、似合うだろうが」

言われてから口にくわえたままだった花を思い出してナターリアは赤面する。
リヒテンは真正面に立ってまじまじとそんなナターリアを見つめ、しばらくして唇から花を奪い取る。
覗きこむ瞳の横、さらりと揺れる青いリボン。
その瞳の中、ナターリアを見つめる羨望の感情。
いつも笑みを浮かべているのに、きゅっとつむがれた薄い口許。
見せたのは一瞬。
一度瞳を閉じればもう隠れてしまう。
壁に背を預けているナターリアにしどけなく凭れかかって、リヒテンは柔らかく胸元に擦り寄って甘える。
抱きついてくる身体へナターリアから手を伸ばし、ただ無言で頭を撫でる。
腕の中にいるのは、目を細めて可憐に笑う少女。

「姫百合の花言葉は…　ナターリアさんにこそ、相応しいのに」

そう言うリヒテンの指の間から姫百合はこぼれ落ち、口付けた花は形を残したまま絨毯へとふわり。
姫百合の花は鮮やかで、落ちていく花をじっと見つめるナターリアの横顔はまだほんのりと赤く、抱き合うリヒテンにそっと髪を撫でられても気がつかなかった。
そのリヒテンの目は歯型の残る、花を写して…



(羨ましい、羨ましい羨ましい！)



ナターリアの目が届かない所、
少女のふりした生き物はペチコートの下、
少女には似合わないピンヒールを

思いきり姫百合に突き刺した。