on the sofa



カチャリとカップとソーサーが触れる音が静かに響き、底に残った僅かな紅茶がささやかに揺れる
ふわりと漂う香りにオレンジペコを見つけて、リヒテンの唇が自然とほころんだ

「お口に合いましたでしょうか?」
「お前は、器用だな。切手にしても紅茶にしても…」
「でも今日のクッキーはナターリアさんの手作りでしょう?端っこが焦げてますもの」
「……わるかったな、」
「いえ、とても美味しいです」

多少、見た目が悪いだけだ
アイシングで隠されていて、焦げもそんなには目立たない
さくさく、また一枚とクッキーは薄い唇に運ばれていく
思えば奇妙な関係だった
会議場でイヴァンを追いかけているナターリアとぶつかったのが始まりだと思う
追いかけるのを諦め、床に倒れるリヒテンの腕を乱暴に引っ張り上げで起こした時に結ばれた友情
自分に、こんなふうに微笑みかける他人がいたか
自分を、こんなに乱暴に扱う他人が過去にいたか
“血縁者”とばかり過ごしていた二人には、互いが新鮮だった
そしてどちらともなく家を行き来する仲になった
拳一つ分は必ずあけてソファに座っていたのも、だいぶ前の話
他人の家にそわそわと緊張するのも、ほんの束の間
リヒテンの刺繍を凝視するためにナターリアが近づきすぎて、危ないとやんわり注意されるのもいつものこと

「これならお前も着れると思う」
「まぁブラウス! 頂いていいんでしょうか?」
「お下がりで構わないなら、な」
「お姉さまはいないので初めてのお下がりです!ありがとうございますっ!」

受け取った白いレースのブラウスを胸にあてて、リヒテンはソファの上をぽふぽふと跳ねる
年代物のソファを案じる人もいないし、お行儀が悪いなんて咎める人はいない
全身で喜びを表すリヒテンを見て、ナターリアはくすりと笑った
気付いたリヒテンが跳ねた勢いのまま、ぽふんとナターリアに凭れかかる
最初こそ驚いたがこの妹は人を優しくさせるのが上手い
一人で歩いていれば誰かが横に並ぶし、後ろを歩いているなら前の誰かがゆっくりと歩幅を合わせるだろう
そこまで優しくしてやる気はないけれど…
一つ溜息をつくとナターリアの上にリヒテンの小さい体が重なる
小さな両手を伸ばされたら、抱きしめるくらいは面倒に入らない
ぽすんと抱きしめると、金髪を結わえていた青いリボンがナターリアの胸元にはらりと落ちた

「お前リボンが、」
「あら、お兄様のリボンが」

ナターリアがその一言に素早く動いて、青いリボンをつまみあげる
嫉妬心の籠った目でじろりとリヒテンを見やると、意に介さず笑っていた
機嫌の悪い表情に怯まないだけでも凄いのにとナターリアはぼんやり思う
隙をみて、少し小さい指がマニキュアが塗られた細い指に絡む
リボンを取り上げるように頭の上まで手が逃げると、もうひとつの手もそれを追う
会話はない
なるのは互いの衣装の擦れ合う音とかすかなソファの軋み
小さな手が精一杯伸ばしてリボンを掴む
不安定な体がぐらりとしたのを、下からぽすんと抱きとめたのはナターリアだった
とくりとくり、触れた胸から心地良い心音が響く

「危ないだろ、ちゃんと返すから…」
「ナターリアさんの髪… プラチナブロンドというものでしょうか?」

もそり、両手をわきについてリヒテンはそっと上体を起こす
リボンをとり返したらもう興味は他のものへ移ったらしい
ぎゅっとリボンを握る手とは逆の手が、さらりと零れる銀髪を撫でる

「昔はお前も長かったんだろ、もったいない」
「お兄様にも言われました、昔は三つ編みだったんですよ」

次はナターリアの手がわしゃわしゃと金髪を撫でる番だ
触れられる心地良さにリヒテンが目を細める
やめて下さいまし、なんて心にも思ってない癖に笑う鈴のような声
お上品なものとは違う、腹の底から込み上げる快さ
笑いすぎてほんのり頬が赤くなっているのは鏡映し、お互い様だ
いたずらにリヒテンの手が、ナターリアの頭に結わえてあるリボンに伸びる
優しく引っ張るとしゅるりとほどける紺色のリボン
それを小さな両手で持って、今度は自分の頭の上で器用に結ぶ
淡い金髪の上にちょこんと飾られた紺色のリボン
濃紺のナターリアの瞳には、リヒテンの満面の笑みが写り込む
こてん、と小首をかしげて睫毛に覆われた大きい目がじっとナターリアを見つめる

「ナターリアさんの真似です、かわいくはありませんか?」

黒マニュキアが飾る細い指が、リヒテンの二の腕をがしりと掴む
ぐっと引っ張られて上下が入れ替わりぐるり
一切の遠慮が無い、無二の友人の振る舞い
多少いたいくらい乱暴にソファに寝かされて、それが嬉しいとリヒテンは思う

「まったく、おまえは…」
「きゃぁ」

ぎゅっと軋むようなハグは、この友達しか与えてくれない
つま先に残っていた靴がカタンと床に落ちていく
もう一度目を合わすと、ナターリアは滅多に見せない満開の笑顔を咲かせていた

「……かわいいのも大概にしろっ!」

(そんなあなたもかわいすぎるのです!)