消えちゃえ
死んじゃえ
君なんて嫌いだよ
いらつくなぁ
大嫌い
零度
寒いんだ。辺りは全部真っ白で寒いんだ。
気付いたら僕は何一つ持っていなかった。
持っていたのに手放してしまったものもあるし、一度も手にしたことがないものもある。
暖かい場所が羨ましいよ。
賑やかな人たちも欲しい。
だから全部全部、奪って奪って僕の手の中に閉じ込めた。
これで僕も寂しくない。
なのに暖かい場所は寒くなった。
賑やかさも消えて、静かに震えてる。
どうして皆そんな目で僕を睨むの。
全然暖かくならない、寧ろどんどん寒くなる。
消えちゃえ
(僕を睨むなら)
死んじゃえ
(暖かくないなら)
君なんて嫌いだよ
(僕を好きにならない)
いらつくなぁ
(思い通りにならない)
大嫌い
(…嘘。)
僕から言葉が生まれた瞬間にそれは凍りついた。
たくさんのものが凍りついた。
僕が憎悪を向けた国は消えた。
一言命令するだけでたくさんの人も死んだ。
あぁ寒いなぁ僕は暖かい場所が欲しいのに。
いらいらするなぁ。
何の気なしに振るう暴力は簡単に色々壊してしまう。
叫ぶ人は暖かい、飛ぶ血潮は暖かい、向けられる憎悪も暖かい暖かい暖かい―――
「御相手願います、イヴァンさん。」
「ねぇ菊くんはさぁ僕のこと怖くないの?」
器用そうな手が細い刀をそろりと抜いた。
黒い鞘から白銀が生まれる。
凍った黒い瞳が僕を射ぬいた。
「まさか。」
吐き捨てられた言葉は絶対零度。
怨みも憎しみもない、暖かさの片鱗もない人。
まさか君と戦争をすることになるとは思わなかったよ。
そう茶化して言ったのに彼は聞く耳を持たない。
彼には、覚悟以外何もなかった。
「そっか、じゃあね。」
今すぐここで撃ち殺そうと思ってたけどやめた。
こんな室内なんて菊くんに似つかわしくない。
背を向けて歩き出すと、カチンと刀を収める音。
くるりと振り返ると彼は背を向けていた。
小さい身体なのに、僕の目に凛として強く写る。
「次に会うのは、戦場です。」
カツカツと靴音が小さくなり、背中も見えなくなった。
菊くんの背骨はきっと刀みたいにまっすぐなんだろう。
漠然とそう考えるとゾクゾクした。
大地を凍った菊くんの暖かい血潮で溶かす…
「たまらない、な。」
柔肌の下にある赤い赤い血は。
あぁ今日はロシアンティーを飲もう。
血のような木苺のジャムを沈めて。
僕は少し暖かくなった心臓を抱えて家路を急いだ。
一九〇四年の衝動
|