国旗に浮かぶ三日月のようなシャムシールが、国旗に浮かぶ十字架によって受け止められ、切りあい、つばぜり合い、打ち合い、切り結んではまた離れる。
顔を合わせれば喧嘩ばかりしていたのに、罵声の一つもなく武器の金属音と二人の荒い呼吸しかここには存在しない。

「サディク、…俺は独立する。」
「ガキが… 俺を倒してからにしろってんだ」




 Crimson




倒れ天を仰ぐサディクの上に馬乗りになり、ハークは首の横に十字架を突き立てる。
二人きりの戦争は終わりを告げた。
もともと‘瀕死の病人’と揶揄された帝国が、勝てるはずなんて無かったのに。

「ヘラクレス、空が青いな」

仮面の下の目が笑っている。その笑みをハークは久しく見ていなかった。
ちりちりと心が焦がれる。
だから、彼は十字を握る手を放し心臓に右手を当てた。

「俺を蹴とばして起きろ…っ、剣を持てっ、サディク、ばか」

ぎゅっと目を瞑るハークの目から晴天の雨が降る。
嗚呼弱くなっちまった俺の為に泣くんじゃねぃ。
お前を手放すくらい弱くなっちまったんだ。
ぽつりぽつり、一粒落ちるたびに低い声が一言漏れていく。
下から手を伸ばして涙を拭ってやっても、止まる気配はない。

「もう無理でぃ。てめぇの勝ちだ。」
「許さない、このまま消えるなんか… ゆるさない」

ゆるさない。仮面を剥がして、ハークは何度も何度も叫んだ。
それしか伝える術など持ち合わせていないとでも言うように。
寂しいなんて温い感情じゃない。
かすり傷の痛いなんてもんじゃない。
サディクが両腕を背中にまわしてやると、ハークは胸板に顔をうずめてきた。
じくじくと痛むこの爛れた感情は何だ。
青い空と真っ向から対立する苛立ちは何だ。
大きな子供の涙を感じたが、引き剥がす気にもならない。
二つの鼓動がこの最期の時になって、やっと同じ鼓動を刻み始めたから。
もう一度、サディクが空を仰ぐ。
泣きそうなぐらい綺麗な青だった。

「てめぇの国には青が似合う」

癖っ毛の中に指を突っ込んでわしゃわしゃ撫でてやる。
ちびのころよくやってやったが喜んだことは一度もなかったのに。
今、ハークは恐ろしいくらい素直にそれを受け入れていた。

「おまえは… 夕日だ、空すら燃やす。」

ハークは手の甲で目をごしごしとこすって、サディクの上から起き上がると黙って右手を差し出す。
握り返す力強さを感じて、ハークはサディクを引っ張り上げた。
翡翠色の瞳が凛と見つめている。

「サディク、空を… 燃やしに来い。ずっと、待っててやる。」
「簡単に消えてたまるかってんだ」
「きこえない、」
「消えてたまるかっ!」

覇気に空気が痺れる。
しんと大地すら静まり返る怒号。
それに満足したらしく、ハークは背を向けて歩き出した。
この世界がどうなっても、サディクは消えないと信じきれるから。

「………消えるわけないだろぃ、」


よく猫のように引っ掻いてきたガキの国家はアカンサス。
花言葉は
離れない結び目。