「報告書は全部目を通した。この件については引き続き報告を頼む。」
『承りました、ギルベルト様。では失礼します。』
「ああ、次も期待している。」
 
 
 
 
 
  執務室にて
 
 
 
 
 
扉の向こうから聞こえたのは、硬質なハスキーボイス

「お疲れ、兄さん。今ちょうどすれ違ったが、もう仕事は終わったのか?」
「……………あー、ヴェストぉー」

現実はどうだろう、名前を呼ぶ声は掠れて途端に甘くなる
声帯を震わせて生まれる吐息が、彼だけに許された特別な愛称で俺を呼ぶ
鋭さを潜めた赤眼がまどろみながら俺にぼんやりと焦点を合わせた

「どうしたんだ? 机に突っ伏して」
「俺様ねむすぎるぜー。ねむいのにねれないぜー。」
「机で寝るな兄さん、仮眠室かせめてソファで」

机の冷たさが心地良いのか寝そべり、うんと伸ばした腕をばたつかせる
眠たそうに落ちた瞼にそっと口付けてから引き起こすと、不満げな瞳と鉢合わせ
そんなに文句を言わないでくれ、口を尖らせる仕草もただ愛おしいだけだ

「あぁコーヒーなんか、飲むんじゃなかった!」
「なんで徹夜開けにコーヒーなんか」
「目の前で美味そうに飲んでた奴が悪い」
「…その、すまない」

朝の食卓で確かに兄はマグカップ一杯分飲んでいたなと思い当たる
自分の眠気覚ましに淹れたコーヒーだ、きっと濃かっただろう
素直に謝ると、よく出来ましたとばかりに首に両手を絡ませて口付けられた
頬に優しい唇を受け止めて、凭れてきた身体をそっと抱える

「ふぁああ… とりあえずベッド連れてけ、もれなく倒れこむぞ!」
「Ja」

俺よりも細い身体を持ち上げ、隣り合う部屋の扉を開ける
ブーツで蹴り開けても両手が塞がってるんだ、文句はないだろう

「ヴェスト、ゆっくり運べよ?」

甘い声が俺を呼ぶ
本当に眠いんだろう、とくん、兄さんの心臓はゆっくり鼓動を刻んでいる

「どうしてだ?」
「甘えてるんだ」

わざとあやす様に聞き返すと、肩口に擦り寄られた
流れる血に興奮する凶悪さも、噎せ返る程の艶めかしさも姿を消して
土埃でも、硝煙でも、もちろん血や消毒液でも、香水でもない
眠さに負けて体温が上がった身体からは、ただギルベルトという人の香りがする

「こんな兄さん、他の人が見たら驚くだろうな」
「きっとな、でも甘やかすお前も悪いぞ?」

甘やかしてほしいくせに、しかし俺もそうしたいのだからお互い様か
真っ白なシーツの海まであと三歩、この手を離すまで兄さんは俺の自由だ
整えてあるベッドに下ろすと身体がふわりと沈み込む
銀糸を掻き分け、少し汗ばんでいる額に唇を寄せてから、窮屈そうなネクタイを引き抜いた

「でも好きだろう、兄さん?」



「悪くはない、な」