タイムトラベルバースデー
「このヒゲ野郎誕生日おめでとうだばかぁ!」
「返事はありがとうでいいのこれ!? お兄さん熱いベーゼが欲し」
「黙れそして喰らえ積年の恨みブリタニアほあたっ☆」
二人で過ごそうなんて約束は一言だって交わしていない。
ただこの日、フランシスは一通りの式典が終わると早めに帰宅することにしている。
たとえ帰り道にとびっきりの美女にホテルへ誘われたとしても、だ。
何故なら、日付が誕生日から普通の日へと変わる前に必ずアーサーが訪ねてくるから。
普通の日から誕生日へと日付が変わると、リアルタイムで悪友たちから電話が来たり、朝にはメッセージカードやプレゼントが届いたり、マシューとか馴染みの奴らが会いに来て賑やかだけれど結構忙しい。
だけど、14日がいよいよ終わるという時間は今日一日が信じられないぐらい、ゆったりしっとり流れていく。
その時間になると、アーサーはふらりとやってきて、珍しくセーブしながら酒を楽しむ。
ほろ酔いぐらいになると、焦げたスコーンとプレゼントを適当に言い訳しながらフランシスに押しつけて、そのままソファで不貞寝したりするのがアーサーの大体のパターンになった。
最近は不貞寝なんってフランシスがさせないけれど。
理由は簡単、二人の関係が腐れ縁から少しばかり進展しただけ。
ベッドで抱き合って、珍しくこの日はアーサーが素直に甘えたりするからフランシスも頬が緩みっぱなしだ。
もちろん、二人で過ごそうなんて約束は一言だって交わしていない。
だけど今年も、アーサーはやってきた。
照れ隠しに妖精帝国の最終兵器、ステッキまで持参で。
フランシスが玄関からアーサーを引っ張り、ソファに押し倒してキスをねだると事件は発生した。
ぼんっ
「はっはっはぁ… どうだフランシス、ブリタニアステッキの威力は… 小さくなれば煩わしい髭もないしなっ!」
「んーっ、あれ? おにーさん、だぁれ?」
「……え、」
さっきまで自分の上には、ヒゲ野郎ことフランシスが圧し掛かっていたはずだ。
でも何だ、アーサーの緑色の目を、顔を思い切り近づけて青い瞳がくりくり、興味津津といった様子で覗きこんでくる。
乗っている体重もすごく、軽い。
アーサーの髪よりも柔らかく鮮やかな金髪は、何だかマシューの小さい頃に似ている。
海の色をした目、絹のような髪、女みたいな服、笑みを浮かべる薄い唇、イラつくぐらい綺麗な顔っ!
「お前っ、フランシスか!?」
「そうだけど? ここ未来なんでしょー、おにーさん未来のオレと一緒にいたってこと?」
思いだした。アーサーを金色毛虫とからかっていたあのフランシスだ。
幼少期のフランシスは特別性質が悪い。
自分の魅力を理解しているし最大限生かす方法を知っている。人を動かすための表情と声色も操れる。
愛想を振り撒きながら、内心人を嘲笑っている性格破綻者、それが昔のフランシスだ。
嬉々とした表情で馬乗りになったアーサーの上から動こうともしない。
お前の誕生日だから一緒にいたんだ、なんて説明しても聞く気が無いらしい。
それどころかワイシャツのボタンに手をかけてるというのはどういうことだろう。
慌ててその手を止めようとすると、フランシスは酷く綺麗な顔で微笑んで見せた。
「おにーさん、もしかして将来のオレの恋人だったりする?」
「ちっ、違うぞ! そんなわけ」
「うっそだぁ、こんな夜に二人きりなんでしょ? それにオレ、おにーさん結構タイプだし。」
によによした表情を隠す気もないらしい、柔らかい唇がちゅっちゅっと頬へ落ちていく。
アーサーがうろたえるのが堪らなく楽しいんだという愉悦の色が青い瞳に浮かんでいた。
天井と、若いフランシスを目に写して、冷静でなんてアーサーがいられるはずがなかった。
「はぁ!? だって昔のお前、綺麗なもの大好きだったじゃねぇか!」
「残念なまゆげも、くすんでる金髪も、ひんそーな身体も、いじめるとすぐ泣くとこも、だぁい好きアーサー!」
「気づいてたのかよッ!!」
「で、恋人なの? セフレなの? それとも一晩のア・ヤ・マ・チ?」
人形の様に綺麗な容姿を見事に裏切ってフランスの社交界を渡り歩く口は、アーサーを黙らせるには十分だった。
むしろ妙に、照れる。この年齢の子供に言われている、その事実に。
髭面なら一瞬も迷うことなく蹴りでも拳でも決めてやるとこだが、綺麗過ぎて手は出せない。
半ばパニック状態で涙腺が緩んでくると、フランシスは面白そうに目じりに舌を這わせた。
そのまま首筋へざらりと舌が動いて、アーサーがぎゅっと目を閉じて身構える
“目閉じちゃって、何されるか分からないのにいいの?”
わざと耳元で囁かれた声にはっとして目を開く
視界にフランシスを捉える前にくすくすという笑い声がして、ちくりとした痛みが首筋にじんと伝わった
「ざんねんだねアーサー、そろそろ時間みたい」
「……最悪だっ、昔のお前っ」
「そお? とりあえずオレが帰ってきたらあっついベーゼのフルコースよろしくっ!」
首筋に残ったのは真っ赤なキスマーク。
こんな頃からアイツ、こんなこと出来たのかよ…
呆然とそんな事を思うアーサーを置いて、フランシスはぼんっと煙の中に消えた
しばらくしたらきっと今日の主役が帰ってくるだろう。
アーサーはフルコースで迎える算段を思案し始める。
とにかく日付が変わるまでの間を、最高の誕生日にしてやらないといけない。
……たとえば、帰ってきた直後に蹴って殴ってスコーンを口に突っ込んで最後にキスしてやる、とか。
|