コンフィチュールオレ
「何作ってんだ。」
キッチンに立っていた俺の背中を無視して、鍋の中身を真っ先に覗き込むアーサー。
あぁ、分かっていてもお兄ちゃん少しは悲しくなるよ、ねぇ。
少し意地悪したくなって、何だと思う?って聞き返してみたけど、うっせーの一言で会話が途切れた。
もう可愛くない可愛くないよ。
「で、何なんだよ。」
「コンフィチュール。あ、ジャムのことね。」
「真っ白じゃねーか」
「ミルクジャムだよ」
コンデンスミルクとか煮詰めたやつ、苺とかは入ってないからね。
ふーん、適当な返事が返ってきたと思ったら。
俺の左側にぴったりとくっついて、アーサーは突然鍋に指をつっこんだ。
「うわっ… 甘ぇ」
「ばかっ、…冷めてなかったらどーすんの」
「これ… 何作ってたんだ?」
「ん、何だと思う?」
「………分かんねぇ」
危ないからといさめてもどこ吹く風。
大きな目でぱちぱち上目使いなんかしちゃって、かわいいの。
またいじわるで、何だと思うなんて聞いてみたけど、今回はやけに素直。
…まぁ、だいたいの見当はついてるんだけどね。
「コーヒー嫌いな坊ちゃんが、目真っ赤にしてお兄さんのとこに逃げてきたんだろ。」
「っ、別にっ… アルに冷たくされてなんか、ないんだからな…」
だんだん小さくなる語尾。
素直じゃないのはかわいくないけど、意地っ張りなのは健気でよろしい。
ここはお兄さんが、優しくしてあげないと。
つんつんした子はいつまでもピンと張りつめたままだ。
「うまいもの作ってやるから、おちつけ、な」
「そんなに… 優しくすんな、ばかぁ。」
右手で冷ますために鍋の中身を混ぜながら、左手でそっと腰を引き寄せた。
おとなしく寄りかかってくるあたり、けっこう傷ついてるんだろう。
ぐりぐり押し当てられる小さな頭が、かわいかった。
ゴトン、マグカップはその音で自分の重さを主張する。
こいつの家にあるティーカップは、こんな重い音は鳴らさない。
「ほら、できた。」
「…コーヒー?」
「カフェ・オ・レ」
「…ぅ、…あるぅ…」
キッチンカウンターに座らせてから、アーサーは本格的にぐずりだした。
わぁわぁ泣くでもなく、ぐすんぐすんと、ワイシャツの袖を濡らしている。
酒飲んでるわけでもないのに、ほんとに珍しい。
マグカップ持ってえずくんじゃないの、まったくもう。
「これは、俺のとこの味なんだって。」
「だって、コーヒーは、アイツが」
「これは、苦くないよ」
お兄さんが丹精込めて煮込んだからね。
ごしごしと目をこする左手を捕まえて、優しく手の甲にキスをする。
そうすれば驚いた顔をしてぷいっとそっぽを向くけど、涙は止まることをお兄さんは良く知っている。
ぽろぽろとこぼれるのは大人しくてしおらしく、眺めていたいほど可愛いんだけれど。
違うだろう、アーサー。お前はもっと強い子だろう。
ごくごく、ごくり。コンフィチュールオレが甘く彼を満たしていく。
「な、甘いだろ。コーヒーもお兄さんにかかれば、ね?」
「はは…、もうコーヒーじゃねぇーって。」
よしよし、よしよし
大きめのマグカップが空になるまで、ちょっとばかしボサボサの頭を撫でてやった。
そっと金髪に口づけると、あぁやっぱり薔薇の匂いがする。
むかしっから変わらない匂いにほっとして、小さい頭をふわっと抱きしめた。
「甘やかしてあげるからしばらく家にいなさいよ、坊ちゃん」
「坊ちゃんじゃねー」
泊まってけばいいよ、もう。
忘れ物王国なおかげでアーサーの荷物ならあるし、うん。
黙ったままばしばし叩かれたけど、むすっとしながら満更でもないんだよね。
静かになったから、抱っこしてた腕の中を覗き込むと泣きはらした目とばったり。
「なぁ、もっと甘やかせよ。」
きゅうとお兄さんのシャツを握ってくる華奢な手。
甘え方は不器用だけど、素直でよろしい、かわいいじゃないか。
前髪をさらりと描き分けてから、やさしく唇をつけてその場で尋ねる。
「どれぐらい?」
「これより、もっと」
ぐっと襟首を掴まれて、押し当てられた世界一のキス。
触れ合う熱が気持よくて、舌をからめようとすると連れなく離れてしまう。
アーサー、お兄さん焦らしてたのしいかい。
「もっと?」
「…もっと。」
聞いてみると、ふてくされた顔がこっちを見てる。
唇が無音で こいよ と煽るから。
引っ張ってこっちからキスをしかけると、彼は満足そうに笑う。
ああ、あまい。
コンフィチュールの味がした。
「世界のキッチンから」シリーズ第二弾です。
ちなみに第一弾は北欧で書きました。
仏兄ちゃんは、べったべたに英を甘やかせばいいと思います。
さみしがり屋な強がりには、注いでも注いでも足りないでしょうから。
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