「はあ??」
「ピアノ。それくらいあるでしょ坊っちゃん大英帝国なんだから。」










  お前がしい、と言う楽譜










仕事でうちに来たフランスから仕事の書類を受け取った後に付いてきた、おまけ。
書類と同じ白い紙の上には、規則的なラインと黒い丸の羅列。

「なんだよフランス、楽譜ならオーストリアにでもやればいいだろ。」
「いーじゃん、坊っちゃん貰っといて。」

オニーサンからプレゼント、なんて気持ち悪い。
そう思いイギリスはピクリと眉間に皺を寄せた。
返そうと紙を突き付けてもフランスは受け取りやしない。
ちくしょうヘラヘラ笑いやがって、こっちはちっとも楽しくないのに。

「坊っちゃん言うなって… 」
「ちゃんと読んで、ほら。」

イギリスの言葉をまるで気にもせずにフランスは会話を続ける。
よく見ると五線譜は確かに五線譜だったが、随所に詩的な指示が散りばめられている。
奇怪な音楽記号達、楽譜には美しすぎる詩的な演奏指示。
フランス語で書かれた『お前が欲しい』と言う大胆なタイトル。
思い当たる作曲家は一人しかいない。
1900年代、フランスの奇才。

「サティ…、これエリック・サティの」
「正解ー!」

エリック・サティの一見ワルツの様なシャンソン。
別にピアノが弾けないわけじゃない。たしなみ程度なら。
五線譜とにらみ合ってると後ろからフワリ、抱きつかれた。
フランスの嫌に柔らかい髪が、首筋にくすぐったい。

「弾いてよ、お兄さんに。」
「な、ふ、ふざけんな!」

はいはいなんて気の抜けた返事をしながら部屋の装飾と化していたピアノへ。
硬直するイギリスをよそにフランスはピアノカバーを外していく。
蓋を開けてふぅとひと吹きしつつ、ぽろんぽろん鳴らす。
硬質な白と黒の鍵盤に人の柔らかい皮膚が触れる瞬間、息を呑んだ。
あの器用な指が、音を鳴らすことを忘れていた楽器と戯れるのに。
立ったまま思わずイギリスはフランスに見入っていた。

「じゃあ貸してねー、仕方ないからお兄さん弾いてあげる。」
「あ、あぁ… っべ、別に弾いてほしいなんか言ってねぇ!」

素直に渡してから、思い出したように悪態をつくのは忘れずに。
まったくとくすくす笑いながら、フランスがゆっくり椅子を引いて腰かけた。
足元のペダルを確認しているようだ。こちらも問題ない。
何故だろう。イギリスは日頃ピアノなんて弾かない。
なのにまるで演奏者を待っていたかのようなピアノ。
なんでだ、フランスだからか?んな訳ないよな。おかしい、うん。
イギリスの口からはぶつぶつと疑問点ばかり。

「あーもう、ほら黙って紅茶でも入れてきなさい。」
「…、大体なんでこんな曲俺に」
「可愛いよ、イギリス。愛してる。」
「…ばっか野郎っ!!」

言葉の弾丸を真に受けて見る見る紅潮するアーサーは、ばっと時計を見た。
嗚呼、奴の言う通り紅茶を入れようそうしよう。
イギリスは言い聞かせ、フランスにくるりと背を向けキッチンへと走り去った。
…途中何度か壁にぶつかりながら。


「お兄さんは正直なのにね。」


くすりくすりとフランスは微笑む。
ぽろんぽろんとこぼれる軽快なリズム。
キッチンに逃げ込んでもピアノの音はどこまでも追いかける。
イギリスが赤い顔をしてキッチンから出てくるまで何フレーズでも弾いてやろう。



「…いつまで弾いてんだよ、」







くすくす、ほら


赤い頬と手には紅茶




エリック・サティの「ジュ・トゥ・ドゥ」より。
日本語に訳すとお前が欲しいです、キャーwww
フランス兄ちゃんにピアノを弾いてもらいました。
オーストリアさん以外の人もそれなりに演奏できると思ってます。
あれだけ長く生きてれば… ねぇ。